五木寛之
P.76
あじわう
、ということは、どんなささやかなことでも宝石に変えてしまう不思議な体験です。それを忘れていたのでは、一泊何十万円のデラックスな部屋に泊まっても意味がない。ぼんやりしていては時間はあっというまに過ぎてゆくのです。しかし、一日二十四時間のうち、どれだけ多くの時間をちゃんとあじわうかによって、一日は二十四分にもなり、また二十四ヵ月にも変わるのではないか。
P.88
人に尽くす、あるいは、ボランティアをするときに大事なことは、これは人のために何かをしているんじゃなく、自分がそうせずにはいられないからするんだ、と考えることでしょう。そうすることによって自分の気持ちが軽くなるから、楽しくなるからするんだ、と自覚すること、それが大事なんじゃないだろうか。
P.281
いまの学校教育は、精神的にも胸を張って背筋をのばして、元気で前向きということを強制します。めそめそする子、さびしがる子、暗い子はよくない。孤独癖のある子は、協調性がないといわれてしまう。協調性がないということは反面、個性があるということなのに、そういう変わった子供は、いじめの対象にされてしまう。
いじめの問題を、子供は本来、残酷だからとか、いじめによって淘汰されていくんだとか言う人がいるけれど、そうではない。あれは大人の社会の反映です。大人の社会が、元気な人間、明るい人間しか認めないという立場をとるから、そうでない人間を子供たちは攻撃するのではないか。